『岡本太郎』。
- 2011.05.12
- 読書
2008年、渋谷駅にある『明日の神話』をはじめて見てからすっかり岡本太郎の虜である。クリエイティブな仕事をしているにもかかわらず、芸術にはあまり興味を持てず、初めて絵を見て感動した作品だ。
それから南青山の岡本太郎記念館にも行き、川崎市の岡本太郎美術館にも行った。その後本書に出会った。
ずいぶん前に購入して放置していたのだが、今年彼が生まれて100周年ということで、国立近代美術館での岡本太郎展に出向き、さらにはその翌日には大阪千里の『太陽の塔』を見てきたので、本書もようやく読むに至った。
本書は、岡本太郎がなぜ太陽の塔を制作したのか、そしてなぜそれだけが現在も残っているのかにフォーカスを当てた内容である。太郎自身がその理由を語ったわけではないので、すべてが推測である。しかしもっとも彼の近くにいた人間の一人である、敏子の甥っ子が書いているので大方その推測は合っているものだと考えたい。
印象に残った部分を引用しておく。
岡本太郎氏は自身の展示物をガラスケースに入れることを極端に嫌っていた。できあがった作品は誰のものでもなく、他者すべてのものだと考えているからだ。つまり、所有するものではないと考えているのだ。ケースに入れて展示しないために国立近代美術館で作品を切られる事件も起こったそうだ。それを踏まえ
P.166「切られて何が悪い!切られたらオレがつないでやる。それでいいだろう。こどもが彫刻に乗りたいといったら乗せてやれ。それでモゲたらオレがまたつけてやる。だから乗せてやれ」
と言ったそうだ。彼の芸術観とはそういうもので、現在の渋谷駅の『明日の神話』もケースに入れずに裸で展示されているそうだ。
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